23歳の恋人たち♪そして、、、、新聞記事より。


昨日、『お盆にみんな揃って行けないので、日曜日午後から皆んなでお墓参りに行かせてもらいます』
と、連絡をもらって、本日猛暑の中、高校の同級生がお墓参りに来てくれました
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2年ぶりに、担任の先生も合流して、ワイワイ楽しい時間を過ごしました♪

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朝焼いた『キウイのタルト』
可愛い男子たちが、美味しいです♡って食べてくれて、幸せいっぱい、涙が溢れました。103.png

2時間くらいお喋りして帰って行きました。
5年の月日は流れたけど、皆んな変わってないね。と話しました(^-^)
可愛い息子たちです。
ありがとう💓💓


そして、、今日たまたま目にしたニュース記事。
左手に障害を持ちながら自転車で日本一周した
青年の記事です。
名前が息子と同じでびっくりです。

障害を持ってるということは、本人にしかその辛さはわかりません。
その苦労を乗り越えるのも本人なのです。
泣き言を言っても、誰も同情はしてくれない。

私が今1番辛いと感じていた左手の痺れの痛みと感覚麻痺の症状
最近特にひどく感じていて、辛いって思ってる最中でした。
そんな私が目にしたこの記事はタイムリーと言うか、
息子からのメッセージだったのか??

『お母さんも頑張れるよ』

そう励ましてくれてる気がしました。

何事も前向きな気持ちが必要という事!
シャキシャキ動かなくても、物がつかみにくくても、障害と思わない事だなって、改めてメッセージを感じ取りました。



177.png今日、目にした下司啓太さんの記事です。177.png
元気をもらいました。

 福岡市出身の下司(しもつか)啓太さん(26)=大阪府茨木市=がこのほど、自転車で日本一周した体験記「青春をママチャリに乗せて-ハンディキャップの自転車日本一周記」(書肆侃侃房(しょしかんかんぼう))を出版した。生まれつき左手の指が親指のみの下司さんは、ブレーキの使いやすさからスポーツタイプの自転車ではなく、買い物などに使う、いわゆるママチャリを相棒に選んだ。約1年4カ月かけた旅で得たものは出会いだったという。

⇒【画像】自転車で日本一周した体験を記した「青春をママチャリに乗せて」

 きっかけは大学4年のとき。日本縦断をする車いすの人をテレビ番組で見て「俺もできるんじゃないか」と自転車での日本一周を決意。就職活動をやめて準備を始めた。

「相棒」のママチャリに自分を重ねる

 2015年5月、当時住んでいた福岡市を出発。北海道から沖縄まで渡り、翌年9月に同市に戻り、日本一周を果たした。著書には、旅の途中で出会った個性的で温かい現地の人々や、同じ障害の子どもたちとの触れ合いなどが丁寧に書かれている。

 旅先では自転車で旅をしている人たちにも出会う。しかしほとんどがスポーツタイプのクロスバイクやロードバイク。その中で異色のママチャリだった下司さんは、「相棒」に自分を重ねてこう記している。

「せめてクロスバイクだったら」

 -上り坂や向かい風に直面する度に「せめてクロスバイクだったら」とよく思いがよぎることがあった。まるで昔自分が「せめて左手が不自由でなければ」と考えていたように-

 しかし、旅を振り返ってこう語る。「ママチャリのスピードでなければ、この手でなければ、出会えなかった人もたくさんいる。自分の障害も不自由にしか見えないけど、使いこなしてみると注目されやすいし認められる」

 それまで「みんなと違う」ことから劣等感を抱いていたが、旅で幾度もピンチを乗り越えたり助けられたりした経験から「コンプレックスはマイナス要素ではない」と思うようになったという。

次は海外を自転車で旅したい

 現在、旅の中で相性がいいと感じた大阪府に住んでいる。次は海外を自転車で旅したいと準備中だ。「この本を読んだ人の、何かにチャレンジするきっかけになれたらうれしい。『おまえが日本一周したって言うから、俺はママチャリで世界一周してきたぞ、どうだ!』なんてメールが来たら最高ですね」



※西日本新聞より





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by atelier-kblog | 2018-08-05 21:02 | 家族のこと
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